NPO法人日本燦クラブ

« 想念実現 目次 | メイン | 光の一言 »

想念実現 第一章

第一章 見えない世界


生あるすべてのものには心があります


 人は95パーセント位の「目に見えないものによって生かされている」とも言われています。心・愛・想い・運・縁・空気など、見ることのできないものの作用によって、私たちは日々、人と関わりながら生活しています。
 毎日毎日お付き合いしている一番の仲良し、切っても切り離せないのが「心」です。心を持ち合わせていなかったら、人とは言えませんね。心と体は人間にとって一番大切なもので、心で想った通りに体の動きが起こるのですが、科学や医学が発達したと言われる現代であっても、心というものは「これです」と確認することはできないのです。目で見ることのできない心と、物体として確認することのできる体。想うことはできても、触れることも、つかむこともできない心。感じることはあっても、見ることはできないのです。
 では、心はあるのでしょうか。
 私は、小さな野の花や鳥、お庭で育てている草花などにも心があるように思います。愛情を注いでお水をあげると生き生きとしてきますよね。きっと、草花が喜んでいるのだと思うのです。生あるすべてのものには大なり小なり心があって、幸せと平和を求めていると思うのです。


大切なものほど見ることはできない


心とは目に見えぬものなり ゆえに
人は心を軽視するなり 見えるもの重視するなり
見えるものとは すべて 見えぬものがつくりだしたもの
見えぬものなくして 目に見えるもの存在なきなり
心がつくりだした世界ということを よく自覚せよ
今の世も人の心がつくりしもの 泡(バブル)も人がつくりて
人がこわせしものよ よく自覚せよ
  ー青木盛栄哲学よりー

 「心」というものは感覚の世界であって、感じる世界なのです。「感性」という言葉で表現されることもありますが、「感じる」ということに基準はなく、自覚によるしかない世界なのです。
 例えば、痛いと感じる苦痛。その痛さというものは自分の感覚であって、「痛い!」と言っても他人の痛さは理解することはできないし、自分も同じ体験をしてはじめて理解できるのです。「心」というものの証明は自覚によるしかないのですが、痛さも千差万別で、感覚の度合いというものは決めることができないのです。世界に何十億という人類が存在していても、一人として同じ指紋の人間はいないように、心の世界においても、全く異なる感覚・痛みというものがあるのです。


ころころ転がる心とは……


 人は、今までに体験や経験のないことが突然起こると、平常心ではいられなくなります。「心が騒ぐ、心がざわざわする、心が痛む」などと言いますね。今まで落ち着いて平和であった心が突然の出来事に驚いて、穏やかさを保っていられなくなるからです。平和で、穏やかで、幸せであるために大切なことは、その原因となる「心」を知ることです。
 では、「心」とは一体何でしょう。

 
心は魂(たましい)とも言い、精神とも言うが、魂(たましい)という字は魂(たま)とも呼ばれたのである。そこから、『心は丸い魂(たま)だ』という考えに進んだのである。
ー青木盛栄哲学よりー

 地球には重力があって、球状のものは高い方から低い方へと転がります。心(=魂)も同じように自由自在であり、右へ左へどこへでも、ころころ転がるのです。
 例えば、家族で楽しく語り合いながら食事をしている時、誰かの何気ない一言が心に引っかかり、楽しかったはずの時間が一変して、心が低い方へ低い方へと転がり出して暗い雰囲気となり、食の味もわからない状況になってしまったような経験はないでしょうか。
 土台の意識が安定していれば、心の魂(たま)はどっしりと落ち着いて動かないのです。でも、土台の意識が安定しておらず、高低があったりすると、魂(たま)はころころと転がり落ちていくのです。

心 ころころころがるゆえ たえず上にのぼってみよ
休むがゆえ 下にころがりおちるのだ
心とは 楽なる方にころがるゆえ 心せよ
ー青木盛栄哲学よりー


意識とは心の土台なのです


 
意識は心の中にある特性であって、心そのものすべてではない。心のある一面だけしかあらわしていないのである。意識は、知・情・意を含めた精神現象であるとされていて、心の働きであり、目に見えない、手ごたえのない世界のものなのである。今、自分は何をしているのか、どんな状況にあるのか等々、自分にわからせる心の働きである。自分の置かれている環境や空間・時間によって変化するのが意識であり、自分の持っている意識がすべてではない。色々な物事に影響を受け、瞬間瞬間に変わる心の土台となる意識を落ち着かせることで、心が安定するのである。
ー青木盛栄哲学よりー

 このせちがらい世相の中で、意識の土台がしっかりしてきますと、新しい希望の芽が出て、花が咲きます。お仕事の上でも家庭にも花が咲き実になり、すべて発展・繁栄してまいります。


気・パワー・エネルギー


 宇宙の気・大気、目に見えない気というものは一体、何でできているのでしょう。
 「病は気から、気づき、気持ち、気分、気力、気がある、気がない」という言葉からも「気」とは人間の心の働きであり、精神力(=パワー)・エネルギーと考えられます。
 例えば、“あの人に会うと元気になる”と感じることや、「あなたと話をするとパワーをもらえる」と言われたことはありませんか。人と人との関係で、「あの人とは気が合う。気が合わない、意気投合した」などという言い方をしますね。また、場が盛り上がり、時間の経つのも忘れて話し込んだ経験はありませんか。それは、気と気が触れ合い、お互いの心がパワーを受けて、その場のエネルギーがアップしていると考えられます。居心地の善い空間がそこに存在しているから、離れたくないという意識が働くのです。
 「気」とは宇宙の大気と同じ要素で、人間は「気」を吸ったり吐いたりして呼吸をしています。宇宙のエネルギーである「気」を体の中へ取り込むことで、生命を維持しているのです。ですから、意識を切りかえたい時など、「深呼吸をしましょう」と言いますね。「気」も見ることはできないのですが、波動やエネルギーを伝える役割をし、存在するのです。


以心伝心、波動となって伝わる心


 波動も物質化されていないし、証明もされていませんが、人間だれもが持っている予感や雰囲気。相手に感じる、何かを感じる、人の好き嫌い、以心伝心……等々、人の心からは絶えずエネルギーが発信されているのです。
 人間の心には、喜・怒・哀・懼(く)・愛・楽・欲などの感情があって、その感情を満たすことができない時に、他人や物を恨む、妬む、憎むという意識が起こります。それが波動となって放射されるのです。
 単純に「好き、嫌い」という感情は、誰でもはっきりと感じることができるはずです。自分が「嫌い」という感情を持つと、それは相手にも何か違和感となって伝わります。自分から好意的に接すると、相手もそのように感じる、それが波動なのです。“自分に触れるものすべてが幸せになってもらいたい”という心の波動だけであれば他人に好かれるのですが、人間の持っている心の波動というものは、自己中心に働き易いのです。
 電波・周波というような電力的なものは科学的に証明されていますが、それぞれの人間から発射される波動、雰囲気的なものは、感じるという目に見えない世界のものなのです。


心を磨いて感性をアップ


『心は丸い魂(たま)だ』という考えから、“玉を美しくするためには、磨かなくてはならない”と想うようになってきて、“心を磨くということは、宝石の玉を磨くことと同じである”と重ねて想えるようになったのである。
ー青木盛栄哲学よりー

 人が生きる上でウエイトを占める、心・意識・気・波動・エネルギー・パワーなど。見ることも触れることもできません。唯一できるのは感じるということです。
 人と人との関係で、他人の心の中が見えたらどうでしょう。
 トラブルは起こらないし、どうしたら善い関係でいられるかを考えるはずです。一番身近に存在する相手の心の状態を、相手の発する気・波動でキャッチできたとしたら、悲しさや寂しさ、辛い想いもせずに済み、穏やかで幸せな時が流れるようになるのです。
 予感・直感・ひらめき・インスピレーション、どれも感性につながる心の働きです。その働きも自分の心の状態によるとしたらどうでしょう。宝石の玉を磨くように、心(=魂)を磨くことが心の状態をより安定させ、輝かせるのです。
 心を磨いて感じる能力、感性をアップさせるということは、自分の周りの人々や状況さえも変えてしまうのです。


人間の細胞と星の元素は同じなのです


 アメリカ・ロシア・ブルガリアの各国の宇宙飛行士の方々が広島を訪問され、イベントが開催された折、主催者から夫・盛栄と私に、講演をお願いしたいとの申し出がありました。私たちはその申し出を受け、宇宙飛行士の方々とお会いしました。人の心を和ませる優しいまなざし、広い広い宇宙を想わせるような雰囲気、心がとけ込むほどの魅力を感じました。
 宇宙飛行士の方のご講演中、「地球を離れ、宇宙の無限の広がりの中で神の存在に触れ、神を見た。それまで科学者として神の存在を認めようとしなかったが、無限大の宇宙の中での体験により、今は三人とも神に仕える身となった。宇宙から眺めた地球は美しく、生物・植物が生存しているたった一つしかない星であり、かけがえのない大切なものである。アメリカ・ロシア・ブルガリアといった国々の境界線、国境もなく、美しく蒼く輝く星である。人間の欲で地球を破壊しつつある現状を見て、愕然とした。私たち人間は、宇宙の小さな星に存在する生物でしかない。宇宙には無数の星が生まれ、死ぬ。星の爆発によりつくり出される元素。星の元素と人間の細胞の元素が同じものであることも解明された。」とそれぞれが、その感動を話されました。
 「人間の細胞と星の元素は同じものである」と聞かされ、夜空にまたたく星の存在を身近に感じ、人間も星のように美しくキラキラと輝けると思えたのです。虫ケラ同然のような小さなことにこだわる意識を捨て、夢を大きく広げ、無限大の宇宙の広がりの中へ……。自分の心をもっともっと大きく広げてまいりましょう。

 
『意識は宇宙全体の要素』
自分の知る意識だけに留まらず意識の扉を開けてみるべきだ。
意識の扉を開けることが、新しい意識の誕生ともなる。
意識は無限だから普遍だから、留まることを知らないものなのだ。
ー青木盛栄哲学よりー

 心は宇宙、それこそ大宇宙。どこまでも広がることができる大きなものですね。肉体は宇宙から見たら極々一微の存在。心は大きな大きなものなのに、心の存在を小さくしている人間。自分勝手に色々なことを考え、肉体や物質にこだわり、自分の意識・心・精神を小さなものに押し込めてしまっているのです。

意識とは無限

 『自分の心。意識とは無限である』
 自分の意識とは無限であるが、自分の肉体・存在とは極一微の点にすぎない。しかし、人はその極一微の点にこだわり、その一微の点を自分の心の中で大きくしてしまうことがある。しかし、心は無限であるのならば、自分の心の中にある不安や批判などは消し去ることも可能であり、人は心を暗い小さな点に向けるべきではない。大きな大宇宙・宇宙心のように、大きく無限のものであらねばならない。心は全世界のこと、地球のことを想うことも可能であり、宇宙・大宇宙のことを想うことも可能である。
ー青木盛栄哲学よりー


肉体を支配している心


 人間は、頭が痛い、お腹が痛い、どこそこが悪い等と取り越し苦労をしたり、病気の有無に心を悩ませます。
 自分の心が肉体を支配して、すべての行動を決めているのです。ただ、なんとなく体が動いているのではない。例えば、“明日は何時に起きる”と心に決めると、決めた時刻に起きられるのです。“今日はお休みだからゆっくり寝よう”と思うと、ゆっくり体が休んでいる。すべて心が支配してるのです。

 
人は無限の意識を持ちながら一方では、自分の小さな肉体にばかりこだわり右往左往し、無限であるものを自分自身で有限にしている。自分で自分自身を小さく限りあるものにしてしまっているのである。心の本質は、宇宙のような広がりがあるのだから、人の心も無限の広がりがあってこそ、本質の心なのである。肉体は物質であるが故に、「有限である」といえるが、精神(=心)とは、物質ではない粒子なのであるから、無限なのである。しかし、人はその無限である心というものを軽視し、物質である肉体を重視する。それではせっかく与えられた人間の可能性をも奪うものである。
ー青木盛栄哲学よりー

 自分の肉体・自分の存在は、極一微の存在に過ぎないのです。小さなことにこだわっていた今までの自分とさよならしましょう。


こだわる心を捨てましょう


 無限大の意識になるには、どのようにして自分の意識を変えていったらいいのでしょう。

 先ず、こだわる意識を自分の心から離してみましょう。自分の意識を大きく大きく、可能な限り大きく広げてみるのです。ゆったりと心を広げることで、気分が楽になります。
 でも、人間は悲しいかな、そのこだわる意識を離すことがなかなかできない。スケジュールはびっしりで、携帯電話を離すこともできず、自然を愛でるゆとりもなく、せかせかと忙しく時を過ごす。「忙しい」とは、心を亡くすことなのです。肉体は物質だから目に見えるのですが、残念ながら心は目に見えない。無限である心、広い広い心を軽視しすぎているのです。もっと重要視する必要があるのです。心は大切なものであるということを深く認識をすると行動が慎重になり、迂闊な動きをしない、無駄な動きをしないようになります。
 小さな物体である肉体にこだわり続けていては、自分の心・可能性を、無限大に発揮することはできないということなのです。


書籍販売のページへ戻る

〒617-0002 京都府向日市寺戸町寺山12番地1
TEL : 075-934-6395  FAX : 075-934-6396 e-mail : info@sunclub.or.jp